鶴姫についての情報を探している方のために少しでも鶴姫や鶴姫関連の情報が提供できればと思いこのページを作成しました。鶴姫に興味が無い方も鶴姫について理解できるかもしれません。 また、鶴姫に関係するほかのキーワードへのリンクもありますので是非、ご覧下さい。 鶴姫
鶴姫(つるひめ)
愛媛県大三島の鶴姫伝説に登場する娘。→鶴姫 (大三島)を参照。
徳川綱吉の娘、徳川綱教の妻。→鶴姫 (徳川家)を参照。
榊原康政の娘、徳川秀忠の養女、池田利隆の妻。院号は福照院(1594年-1672年10月26日 (旧暦) 10月26日)。
織田信長の娘、中川秀政の妻。
徳川家康の正室築山殿の別名。
江戸重通の娘、結城晴朝の養女、結城秀康・烏丸光広の正室。院号は蓮乗院(?-1621年)。
織田信古の娘、織田信貞の養女、織田信敬の正室。院号は良性院(1837年-1896年)。
松平忠直の娘、徳川家光の養女、九条道房の妻。院号は廉貞院(1618年-1671年)。
松平直政の娘、佐竹義処の妻。
鶴姫 (徳川家)
鶴姫(つるひめ、延宝5年3月7日 (旧暦) 3月7日(1677年4月8日) - 宝永元年4月12日 (旧暦) 4月12日(1704年5月15日))は、徳川綱吉の娘。母は小谷正元の娘瑞春院。紀伊藩主・徳川綱教の妻。
1681年に紀伊藩嫡子の徳川綱教と縁組し、1685年に婚姻。1683年に徳川綱吉の世継ぎであった徳松が死去した後、次期将軍として将軍の姫を娶っていた紀州家の綱教が有力候補になった。しかし、鶴姫が疱瘡のため死去し、さらにその翌年に綱教も亡くなったため、紀州家からの将軍は徳川吉宗まで待たなければならなくなった。
法名は明信院殿澄誉恵鑑光燿大姉。墓所は東京都港区の増上寺。
1688年2月1日、綱吉は溺愛するあまり、「鶴字法度」を出し、「鶴」の文字と紋の使用を禁止している。これにより、井原西鶴は一時期名を「西鵬」と改号している。また、京菓子の老舗・駿河屋は、この法令によって屋号を「鶴屋」から現在のものに改めた。
鶴姫 (大三島)
鶴姫(つるひめ、大永6年(1526年) - 天文 (元号) 天文12年(1543年))は、大山祇神社(愛媛県大三島)の神官三島安用の娘で、周防国の大内氏から攻められた時、島と神社とを守るため出陣し、18歳で討たれて(自殺したとも)海に散ったと伝えられている(鶴姫伝説)。辞世の句は「わが恋は 三島の浦の うつせ貝 むなしくなりて 名をぞわづらふ」。
鶴姫が身にまとったといわれる胴丸が大山祇神社に残っているが、残存している日本で唯一の女性用の胴丸である。なお胸部は女性用に大きく膨らんでいる。
また、鶴姫の一生を現代風にアレンジした鶴姫祭りが毎年行われている。
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